イタリアには、古代ローマ時代から犬が人の暮らしに深く根づいてきた歴史があります。「イタリア犬」という言葉を聞いて、イタリアングレーハウンドだけを思い浮かべる方は多いかもしれませんが、実際には小型の愛玩犬から超大型の番犬・牧羊犬まで、個性の異なる犬種が13種以上存在します。
それぞれの犬種は、地域の気候や農業、貴族文化、狩猟の習慣と結びつきながら発展してきました。名前の由来をたどると、イタリアの地名や職業、動物の名前が登場し、犬種の背景にイタリアの歴史そのものが映し出されています。
この記事では、イタリア原産犬種の全体像を整理したうえで、代表的な犬種の特徴や役割、現地の犬文化についてまとめます。「イタリア犬とは何か」という疑問に、ひとつひとつ答えていきます。
イタリア犬とは何か——定義と種類の全体像
「イタリア犬」は厳密な分類名ではなく、イタリアを原産地とする犬種の総称として使われます。どの犬種がここに含まれるかは、国際畜犬連盟(FCI)の犬種登録を参考にするとわかりやすいです。FCIはイタリア原産の犬種を複数のグループに分類して登録しており、愛玩犬・牧羊犬・猟犬・護衛犬など用途はさまざまです。
「イタリア原産」の基準はどこにある?
犬種の原産国は、FCIが定める犬種標準(スタンダード)によって決まります。スタンダードには犬種の体型・毛色・性格・用途などが定められており、その作成・維持を担う国が原産国として認められます。イタリアの場合、国内の犬種管理はイタリアン・ケネルクラブ(ENCI)が担っています。
FCIに登録されたイタリア原産の犬種は小型から超大型まで幅広く、用途別に猟犬系・牧羊犬系・愛玩犬系・護衛犬系に大別できます。日本で「イタリアン」と名のつく犬種のほとんどは、この登録に基づいたものです。
ただし、マルチーズのようにイタリア原産とされることもある犬種は、歴史的に諸説あるケースもあります。FCIでは原産国が明確でない場合や、複数の説がある犬種については、判断が時代とともに変わることもあります。
代表的なイタリア原産犬種の一覧
主なイタリア原産犬種を用途・サイズ別に整理すると、以下のように分類できます。
| カテゴリ | 代表的な犬種 | サイズ目安 |
|---|---|---|
| 愛玩犬 | イタリアングレーハウンド、ボロニーズ、ヴォルピーノ・イタリアーノ | 小型 |
| 牧羊犬 | マレンマ・シープドッグ、ベルガマスコ・シェパード | 大型 |
| 猟犬 | スピノーネ・イタリアーノ、ラゴット・ロマニョーロ、チルネコ・デレトナ | 中型 |
| 護衛・番犬 | カネコルソ(イタリアン・コルソ・ドッグ)、ナポリタン・マスティフ | 超大型 |
このほかにも、ブラッコ・イタリアーノやスクデット系の猟犬など、日本ではなじみの薄い犬種も存在します。「イタリア犬」という言葉が指す範囲は、実際にはかなり広いことがわかります。
イタリア語で犬はどう呼ばれる?
イタリア語で「犬」は「cane(カーネ)」といいます。複数形は「cani(カーニ)」です。カネコルソの「カネ」はまさにこの言葉に由来しており、「コルソ」は護衛・農場守護を意味するラテン語「cohors」から来ています。
犬種名にイタリア語が含まれるものは多く、ヴォルピーノ(volpino)は「小さなキツネ」、ラゴット(lagotto)は「ウォータードッグ」を意味します。名前の由来を知るだけで、その犬の役割や外見が自然とイメージしやすくなります。
・FCIとイタリアン・ケネルクラブ(ENCI)が犬種標準を管理
・愛玩犬・牧羊犬・猟犬・護衛犬と用途は多様
・犬種名の多くにイタリア語の意味が込められている
- 「イタリア犬」とはイタリア原産の犬種の総称であり、固有の1犬種を指す言葉ではない
- FCIの登録を通じて原産国が定められ、イタリアではENCIが管理を担う
- 愛玩犬から超大型の番犬まで、用途とサイズは幅広い
- 犬種名のイタリア語の意味を知ると、その犬の歴史的役割が見えてくる
小型愛玩犬として知られるイタリア原産犬種
イタリアには、宮廷や貴族社会で長く愛されてきた小型愛玩犬が複数存在します。現代では家庭犬として親しまれているこれらの犬種ですが、いずれも数百年以上の歴史を持ち、絵画や文献にその姿が記録されています。
イタリアングレーハウンド——最も知名度の高いイタリア犬
「イタグレ」の愛称で知られるイタリアングレーハウンドは、日本でもっとも認知度が高いイタリア原産犬種のひとつです。体高32〜38cm、体重5kg以下の小型犬で、細身でしなやかな体型が特徴です。
その祖先は古代エジプトのファラオの宮殿にまで遡るとされ、当時の陶器や花瓶にも似た姿が描かれています。紀元前5世紀頃にイタリアへ渡り、ルネサンス期には貴族の宮廷で盛んに飼育されました。イングランド王ジェームズ1世やロシアのエカチェリーナ2世など、ヨーロッパの王族にも愛された記録が残っています。
被毛は短く滑らかで、寒さに弱い点が飼育上の注意点です。繊細で感受性が高く、ストレスをためやすい性質があるため、環境を整えてあげることが大切です。頭が小さく首が細いため、首輪よりもハーネスの使用が推奨されています。
ボロニーズ——ボローニャ生まれの愛玩犬

ボロニーズは、名前の通りイタリア北部の都市ボローニャを原産とする小型犬です。体高27〜30cm、体重2.5〜4kgで、ふわふわとした白い被毛が印象的です。ビション・フリーゼやマルチーズと共通の祖先を持つとされ、11世紀頃には存在していたとされる古い犬種です。
かつてはスペイン王フェリペ2世が贈り物として受け取るほど貴重な存在でした。ティツィアーノやゴヤなど15世紀以降の名画にもその姿が描かれており、貴族社会での地位の高さがうかがえます。現代では遊び好きで人懐っこい性格から、家庭犬として安定した人気があります。
ヴォルピーノ・イタリアーノ——小さなキツネの名を持つ犬
ヴォルピーノ・イタリアーノは、「小さなキツネ」を意味するイタリア語から名前がついた小型犬です。体高27〜30cm、体重約5kg前後で、スピッツやポメラニアンに似た外見を持ちます。立ち耳と豊かな被毛、巻き尾が特徴です。
古代ローマ時代から愛玩犬として親しまれていたと伝えられており、貴族だけでなく一般の家庭でも長く飼育されてきました。利口で明るく活発な性格で、他の犬や子供とも仲良くできます。長毛種ですが直毛のため、比較的ブラッシングのお手入れは楽な犬種です。
・イタリアングレーハウンド:細身・短毛・寒さ対策が必要
・ボロニーズ:白くふわふわ・甘えん坊・宮廷生まれ
・ヴォルピーノ:スピッツ系・活発・古代ローマから続く歴史
- いずれも数百年以上の歴史を持ち、貴族社会で愛された記録がある
- イタリアングレーハウンドは繊細な性格でストレスに注意が必要
- ボロニーズは甘えん坊で家庭向き、被毛のお手入れも比較的しやすい
- ヴォルピーノは活発で家族や他の犬とも仲良くなりやすい
牧羊犬・護衛犬として活躍したイタリア原産の大型犬
イタリア犬とは何かイタリアには、山岳地帯や農村で長く働いてきた大型・超大型の犬種も複数あります。牧羊犬と護衛犬は役割が異なりますが、どちらも厳しい環境に耐える体力と、人への高い忠誠心を備えています。
マレンマ・シープドッグ——アルプスの農地を守った白い番人
マレンマ・シープドッグは、イタリア中部のマレンマ地方とアブルッツォ地方を起源とする大型の牧羊犬です。体高はオスで65〜73cm、体重35〜45kgほどあります。白く長い被毛が特徴で、遠目には羊の群れに溶け込むように見えます。
紀元前100年頃にはローマの作家がこの犬種の存在を記録しており、現存する犬種のなかでも特に古い歴史を持ちます。家畜の群れをオオカミなどの捕食者から守る番犬として機能しており、フランスのグレート・ピレニーズやハンガリーのクーバースなど、ヨーロッパ各地の白い牧羊犬の源流ともいわれています。
独立心が強く、飼い主への愛着は深い一方で、見知らぬ人や動物への警戒心も旺盛です。十分な運動と広いスペースが必要なため、現代では郊外や農村部での飼育が向いています。
カネコルソ(イタリアン・コルソ・ドッグ)——古代ローマ由来の護衛犬
カネコルソは、日本ではイタリアン・コルソ・ドッグの名でジャパンケネルクラブ(JKC)に登録されている超大型犬です。体高はオスで64〜68cm、体重は45〜50kgに達します。筋骨隆々とした体型と力強い印象が特徴です。
その起源は古代ローマ時代に遡ります。ローマ軍が戦地から持ち帰った犬の子孫として発展し、当初は軍用犬として活躍しました。ローマ帝国の衰退後は農場へと活躍の場を移し、家や家畜の警備、害獣の追い払い、荷車の牽引などに従事しました。農業形態の変化と世界大戦の影響で19世紀には絶滅の危機に瀕しましたが、多くの人々の努力で復活し、1996年にFCIに公認されました。
現在は番犬・警護犬・警察犬としての適性が高く評価されています。飼育には一貫したしつけと十分な運動が欠かせません。見た目のタフさとは裏腹に精神的にはナイーブな面もあるため、信頼関係を丁寧に築くことが大切です。
ベルガマスコ・シェパード・ドッグ——独特の被毛を持つアルプスの牧羊犬
ベルガマスコ・シェパード・ドッグは、イタリア北部のベルガモ地方を原産とする大型の牧羊犬です。この犬種の最大の特徴は被毛で、コードのように絡まった特殊な層が体を覆います。この被毛は山地の厳しい寒さとオオカミの攻撃から身を守る役割を担っていました。
15世紀頃の絵画にもその姿が描かれており、アルプス山麓での羊追いに長く携わってきた歴史があります。丈夫な体と岩場での高い機動力を持ち、独立心が強い一方で飼い主に対しては従順な性格です。特殊な被毛はケアに手間がかかるため、飼育前に確認しておくとよいでしょう。
・十分な運動スペースと毎日の運動量の確保
・幼犬期からの一貫したしつけと社会化
・カネコルソは護衛本能が高いため、しつけの専門家への相談も有効
- マレンマ・シープドッグは古代ローマ以来の記録がある白い牧羊犬
- カネコルソは1996年にFCI公認を受け、護衛犬・警察犬としても活用される
- ベルガマスコはコード状の特殊な被毛が特徴で、寒冷地仕様の体をしている
- 大型・超大型犬はいずれも広い運動スペースと早期のしつけが重要
猟犬として発展したイタリア原産犬種——実用性と嗅覚の高さ
イタリアは鳥猟が盛んな国として知られており、それに伴って猟犬の犬種も多く発展してきました。現代では猟犬としての用途以外にも、その嗅覚や活動性を活かした働きで注目を集める犬種があります。
ラゴット・ロマニョーロ——トリュフ探索犬として世界的に有名
ラゴット・ロマニョーロ(ロマーニャ・ウォーター・ドッグ)は、イタリアのエミリア=ロマーニャ州を原産とする中型犬です。体高はオスで43〜48cm、体重は13〜16kgほどです。カールした被毛とずんぐりとした体型が特徴で、防水性の高いコートを持ちます。
もともとは16世紀頃に水鳥回収犬として活躍していましたが、20世紀初頭に湿地帯が農地に転換されると本来の役割を失いました。しかし優れた嗅覚はそのまま活かされ、トリュフ探索犬として再評価されました。現在では、世界各地のトリュフ産地でラゴットが活躍しています。FCIの公式データでも、ラゴットはトリュフ採取を含む優れた探索能力を持つ犬種として記載されています。
従順で要求が少なく、飼い主によくなつく性格です。ただし被毛は年に1度は刈り込まないとフェルト状に固まってしまうため、定期的なトリミングが必要です。
スピノーネ・イタリアーノ——長い歴史を持つ多目的猟犬
スピノーネ・イタリアーノは、少なくとも13世紀頃から存在が確認されている古い猟犬種です。やや長めの頭部と大きく垂れた耳、ゆったりとした歩様が特徴で、他の鳥猟犬に比べると落ち着いた印象があります。
もともとはポインターとして獲物の位置を猟師に知らせる役割を担っていましたが、獲物の回収や自ら狩猟を行う能力も持ち合わせています。茂みや水辺など過酷な地形でも働けるよう、耐久性の高い体と分厚い被毛を持ちます。現代では家庭犬としても飼われており、温厚で協調性の高い性格から扱いやすい犬種とされています。
チルネコ・デレトナ——シチリア島原産の古代犬
チルネコ・デレトナは、シチリア島を原産とするサイトハウンド系の中型犬です。古代エジプトのアヌビス神に似た外見が特徴で、長い立ち耳と細長いシルエットを持ちます。現存するイタリア原産犬種のなかでもとくに古い起源を持つとされており、シチリアの古代コインにも似た犬の絵が刻まれています。
活発で俊敏、持久力が高い犬種です。穏やかな性格で飼い主に忠実ですが、知らない人には人見知りをする傾向があります。狩猟本能が残っているため、散歩時にはリードの管理が重要です。
ミニQ&A
Q:ラゴット・ロマニョーロはペットとして飼えますか?
A:家庭犬としても飼育できます。従順で人懐っこい性格ですが、被毛のケアに手間がかかる点と、嗅覚が鋭いため散歩中の引っ張りぐせが出やすい点は覚えておくとよいでしょう。
Q:スピノーネ・イタリアーノは初心者でも飼えますか?
A:温厚で扱いやすい性格ですが、大型犬のため運動量の確保は必要です。猟犬気質はありますが、攻撃性は低く、家族との生活になじみやすい犬種です。
- ラゴットは水鳥回収犬からトリュフ探索犬へ役割を転換した稀有な犬種
- スピノーネは13世紀頃から記録がある多目的の古い猟犬
- チルネコは古代エジプトとの関連が示唆されるシチリア島原産の犬
- 猟犬系はいずれも嗅覚・運動能力が高く、散歩時の管理が重要
イタリアの犬文化——「どこにでも犬がいる国」の背景
イタリアの街を歩いていると、カフェやレストラン、電車の中にも犬がいることに気づきます。日本とはかなり異なるこの光景には、法律や社会意識、歴史的な犬との関係性が背景にあります。
イタリアで犬はどこへでも連れて行ける?
基本的に、イタリアでは犬を連れてほとんどの場所に入ることができます。地下鉄・バス・電車にも、各自治体が定める条件を満たせば同乗でき、カフェやレストランへの同伴も広く受け入れられています。ただし、レストランの厨房への入室は禁止されており、公共の場ではリードの使用と口輪の携帯が義務づけられています。
こうした環境は、犬が「外出相手」として日常に溶け込んでいることを示しています。在日イタリア大使館の公式情報でも示されているように、イタリアのペット関連法は犬の生活の質を重視する方向で整備されています。
ペットショップに犬がいない——イタリアの流通の仕組み
イタリアには、犬の生体を店頭で販売するペットショップが存在しません。犬を迎える際はブリーダーか保護シェルター、里親募集を通じるのが基本です。これは生体販売を規制する法律に基づいており、悪質なパピーミルを防ぐ目的があります。
また、現行の法律では賃貸住宅においてペット禁止の表示ができないとされており、犬や猫を連れての入居が原則自由化されています。断尾・断耳については動物愛護の観点から禁止されており、被毛の染色も認められていません。
イタリア人と犬の関係を示すデータ
リサーチ機関Eurispesが2022年に発表したデータでは、イタリア国民の10人に4人が何らかの動物と生活していることが示されています。犬はペットとして特に多く飼育されており、公園や広場での犬連れの光景は日常的です。
イタリアン・ケネルクラブ(ENCI)のデータによると、2019年時点での登録犬種の人気1位はイングリッシュ・セターでした。これはイタリアが鳥猟の盛んな国であることと関係しています。一方、小型犬ではチワワの登録数が1999年から約20倍に増加しており、家庭犬としての小型犬人気の高まりも見られます。
・マイクロチップ装着が法律で義務化
・公共の場ではリード使用・口輪携帯が必須
・断尾・断耳・被毛の染色は禁止
・賃貸住宅でのペット禁止表示は不可
- イタリアでは犬と共に入れる場所が多く、社会全体で犬との共存が根づいている
- 生体販売のペットショップはなく、ブリーダーやシェルターから迎えるのが基本
- Eurispesの2022年データでは国民の約4割が動物と生活している
- 小型犬人気が高まる一方、猟犬文化も根強く残っている
まとめ
「イタリア犬」とは、古代ローマ時代から現代まで人の暮らしと深く関わってきた多様な犬種の総称です。愛玩犬から牧羊犬、猟犬、護衛犬まで、それぞれが地域の歴史や文化を反映しながら発展してきました。
イタリア犬について知りたい場合は、まずFCIやJKCの公式サイトで犬種標準を確認するところから始めるとよいでしょう。気になる犬種の原産地や役割・体高・体重などが整理されており、特徴の比較に役立ちます。
イタリアの犬文化は、犬種の知識だけでは語りきれません。どこへでも犬を連れて行ける社会環境、生体販売を規制する法律、そして犬を家族として扱う人々の意識が、イタリアを「犬に優しい国」にしています。イタリアの食や文化と同じように、犬との関わり方にもイタリアらしい豊かさがあります。

